先週と今週とややエンジンがかかって、論文の本文は一通り書き終えました。あとは引用文献とかのめんどくさいのが残ってて、一通り推敲したあと、共著者の一人であるマットに英語を見てもらって、受け入れ教員に構成などでコメントもらって投稿!という運びになると思われます。話の流れはこれまでの節目でいろいろ打ち合わせし、最終的なアウトラインは図面ができた時点で結構突っ込みましたので、ま大丈夫でしょう。なんだかんだでエンジンがかかってくるとなんか意外といい論文になったなぁ、と自画自賛が入ってくるのは性格ですね。
もう言うまでもなく帰国が近づいているわけですが、こちらの受け入れ教員やマットには4月の半ばに京都で行われる会議ですぐ再会する予定だし、9月のドイツである会議にも行こうかと思っているところで、ハロルドも行くと言ってました。
ところで、そういう話をしていたときに、前回ハロルドが日本に行ったときの裏話がでてきました。
「お偉いさんがえらく怒ってたよ。なんでこんな成果しかでないんだよー!って」
もともといろいろ問題のあるプロジェクトですが、最大の目標は10年後くらいなのに急かし過ぎじゃないだろうか?
この春から?かな遅れて秋頃からかもしれないけど、このプロジェクトの二次計画が始まります。
お偉いさんは「次は大丈夫なんでしょうね!」
と言っていたらしいけども、こちらの受け入れ教員は
「次って言ったって次こそ技術的なプロジェクトだからなぁ。科学的成果は少ないかもしれないよ。」
という感想でした。
このプロジェクトは大きな枠組みとしての国際プロジェクトの一環で、その大きな枠組みの将来を議論決定する会議がドイツで行われる会議なのです。日本でもこのドイツの会議に向けて先日国内の意見集約のための会議が開かれたようです。米国ではネットで意見を募っているところみたいです。この米国の意見集約には今なら僕もなんか言えるみたいです。
「いやーこないだのオレゴンの会議もそうだったけど、米国のコミュニティーは大人数で民主的な儀式をおこないつつ、コラボレーティブで結果としてパワフルだよね。」(よくわからんな)というと、
「いや、わかるだろ、研究者ってのは基本的に非協力的なんだよ。それをまとめるのは結構大変だよ。」
と言っていました。
米国人でも非協力的な感じは理解できるといったところでしょうか。日本の非協力さと言ったら・・・。いずれにしてもまとめるのは大変というところでしょう。
「これまでのプロジェクトはまだ全然全力を出し切れてないからあと1期このまま続けようという意見と、この1期の成果は全然満足いかないからもうやめ!という意見があるよ。どっちに転ぶかは半々だな。」
とも言っていました。
うんうん、分かるよ分かる。米国の船は今年ようやく動き出すところだし、日本の船もまだ全部の力を出し切れてない、ヨーロッパもなんか作るとか言っているし、大きな枠組みではまだ延ばす価値はあるような気もする。じゃ、何するか?経費に見合うのか?というところがとても問題で、その上日本はその中でどこに位置するかというのもかなりムツカしい。
月曜日, 3月 02, 2009
今思い出す米国での小さな文化衝撃
ますます帰国が近づいて来ましたね。当たり前ですけど。
今日は口腔外科のほうに朝から行って、インプラントの最終チェックをして来ました。
「どうでしたか?なにか問題ありましたか?いたかったりしました?」
「いえ、ぜんぜん、何も、痛みも無しで、大丈夫です。」
「ちょっと見ますよー、うん、おっけーおっけー。なんかあったら連絡してくださいね。終わりです」
で数分で終了。
帰りにバスカードを忘れていたことが判明し、嫁に電話して迎えにきてもらう。
さてさて、今日は、今冷静に振り返って、思い出せる範囲で米国に来たばかりの頃にびっくりしたりとまどったりした小さな文化衝撃をちまちま書いていこうと思います。
・道が広い
・芝生の管理がすごい(作り物のようにアオアオしている)
・平均的に車がでかい
・ショッピングモールがでかい
・駐車場がでかい(駐車スペースもでかい)
・とにかく土地が広い
・家が平屋で広い
・人間もでかい(サイズが。靴のサイズとかありえない)
・太っている人は漫画みたいに太っている
・やっぱ大陸は規模が違うなぁと感じる(今日の山火事とか、今日の竜巻とか、どこかで毎日なにかすごいことが起こっているような気がする)
・キャピタルがかっこいい(どうもキャピタルはどこも似たようなデザインみたい)
・レンストランで頼むと一人分が異様に多い(食べきれなかった。今はなぜか食べられる。やばいです。)
・レストランで残り物をちゃんとボックスに入れて持ち帰る(ちゃんと食べるみたい)
・食事の途中でウェイターが話しかけてくる「問題ないか?おいしいか?」「いえーす、ぐーっど!」
・外で食べるターキーはまずい
・スパゲッティは決してオーダーしてはいけない
・通常の食事はかなり栄養偏っている。チップスやポテトはおかずというか野菜扱い。
・スーパーのレジとかで、「今日はいいもの見つかった?」とか言われる
・店員はかなり積極的に声かけてくる(欲しいものをすぐ聞くようになった。最初の頃は、いやいいです、見てるだけです、と断っていた。)
・小切手を使う
・クレジット番号をデビットとして使えるチェックカードというものがある
・海外で床屋って意外にムツカしい(成功したときに写真を撮って、以後それを持ち込むとよいかも、すっかり忘れてた)
・床屋でもチップ(店長以外、判断ムツカしいかも)
・アパートにプールがある
・部屋の大きさはBedroomの数で表現する(基本リビング・キッチン・バストイレ、プラス2Bedroomみたいな感じ)
・部屋の電気はスタンドランプが基本
・夜、部屋は日本より暗い
・風呂が浅くてやっぱりさみしい
・おもちゃは安いし安っぽいものが大量(プレゼント交換で負担のないもの)
・子供の部屋は安っぽいおもちゃであふれかえる
・ケーキの色が青とか紫とかありえない色になっている
・・・。
うーん、ほとんどありきたりのネタですが、これを実感するのとテレビや本で知識を得るのとは全然違うというかですね、「あぁっ、ほんとにそうなんだ!!!」「うわぁっ、でかっ!」「すげー!でぶっ!」「げぇっ!まずっ!」「はっ、しょぼっ!」「エ?ごめん」。いや、おもしろかったですね。人間感動することは大切ですね。また気がついたら書いていこうと思います。
あと最後にどうしても書かねばならないことは英語!についてですね。もともとそのために留学したんだけども、一体どうなったのか?どう変化したか?技術的にも心理的にもその変化と行き着いた結果は記録するに価値のあるものだと思います!このネタは最後のクライマックスに取っておきますよー。さーって、論文論文・・・。全然進んでない・・・。
今日は口腔外科のほうに朝から行って、インプラントの最終チェックをして来ました。
「どうでしたか?なにか問題ありましたか?いたかったりしました?」
「いえ、ぜんぜん、何も、痛みも無しで、大丈夫です。」
「ちょっと見ますよー、うん、おっけーおっけー。なんかあったら連絡してくださいね。終わりです」
で数分で終了。
帰りにバスカードを忘れていたことが判明し、嫁に電話して迎えにきてもらう。
さてさて、今日は、今冷静に振り返って、思い出せる範囲で米国に来たばかりの頃にびっくりしたりとまどったりした小さな文化衝撃をちまちま書いていこうと思います。
・道が広い
・芝生の管理がすごい(作り物のようにアオアオしている)
・平均的に車がでかい
・ショッピングモールがでかい
・駐車場がでかい(駐車スペースもでかい)
・とにかく土地が広い
・家が平屋で広い
・人間もでかい(サイズが。靴のサイズとかありえない)
・太っている人は漫画みたいに太っている
・やっぱ大陸は規模が違うなぁと感じる(今日の山火事とか、今日の竜巻とか、どこかで毎日なにかすごいことが起こっているような気がする)
・キャピタルがかっこいい(どうもキャピタルはどこも似たようなデザインみたい)
・レンストランで頼むと一人分が異様に多い(食べきれなかった。今はなぜか食べられる。やばいです。)
・レストランで残り物をちゃんとボックスに入れて持ち帰る(ちゃんと食べるみたい)
・食事の途中でウェイターが話しかけてくる「問題ないか?おいしいか?」「いえーす、ぐーっど!」
・外で食べるターキーはまずい
・スパゲッティは決してオーダーしてはいけない
・通常の食事はかなり栄養偏っている。チップスやポテトはおかずというか野菜扱い。
・スーパーのレジとかで、「今日はいいもの見つかった?」とか言われる
・店員はかなり積極的に声かけてくる(欲しいものをすぐ聞くようになった。最初の頃は、いやいいです、見てるだけです、と断っていた。)
・小切手を使う
・クレジット番号をデビットとして使えるチェックカードというものがある
・海外で床屋って意外にムツカしい(成功したときに写真を撮って、以後それを持ち込むとよいかも、すっかり忘れてた)
・床屋でもチップ(店長以外、判断ムツカしいかも)
・アパートにプールがある
・部屋の大きさはBedroomの数で表現する(基本リビング・キッチン・バストイレ、プラス2Bedroomみたいな感じ)
・部屋の電気はスタンドランプが基本
・夜、部屋は日本より暗い
・風呂が浅くてやっぱりさみしい
・おもちゃは安いし安っぽいものが大量(プレゼント交換で負担のないもの)
・子供の部屋は安っぽいおもちゃであふれかえる
・ケーキの色が青とか紫とかありえない色になっている
・・・。
うーん、ほとんどありきたりのネタですが、これを実感するのとテレビや本で知識を得るのとは全然違うというかですね、「あぁっ、ほんとにそうなんだ!!!」「うわぁっ、でかっ!」「すげー!でぶっ!」「げぇっ!まずっ!」「はっ、しょぼっ!」「エ?ごめん」。いや、おもしろかったですね。人間感動することは大切ですね。また気がついたら書いていこうと思います。
あと最後にどうしても書かねばならないことは英語!についてですね。もともとそのために留学したんだけども、一体どうなったのか?どう変化したか?技術的にも心理的にもその変化と行き着いた結果は記録するに価値のあるものだと思います!このネタは最後のクライマックスに取っておきますよー。さーって、論文論文・・・。全然進んでない・・・。
金曜日, 2月 27, 2009
あと一ヶ月
帰国まで残り一ヶ月となりました。
今、慌てて論文書いてますが、終わるかなぁ。とかいっちゃって、まだ図面の整理と作文5ページ(ダブルスペース)。引っ越しとかあるしなぁ。ま、がんばろう。
とかいいつつ、昨日まで4日間こっちのSEMで写真を撮りまくっていました。あんまりいい組織は見つかりませんでしたが、だんだんとSEMの設定が分かって来て、絵のシャープさがどんどん上がっていきました。結構高倍で奇麗な絵が撮れたのでそれは満足しています。いやー勉強になりました。
人間慣れというものはすごいもので、英語ができず外人という不自由な環境でも長期安定してくると別に不満じゃなくなります。むしろ、ノーデューティーで研究に没頭でき、生活でも異文化体験できるすばらしい環境といえるかもしれません。日本に帰れば、当然の責務であるところの大学運営、学生指導といった大人な仕事が待っています。というか、ほんと今の状況が通常あり得ないわけで、常日頃から大変有り難く感じているところです。贅沢言うなということです。
こちらの夏は涼しく奇麗な青空で北海道みたいにすばらしい!高知の蒸し暑い夏を思い出すだけでもうんざり。こっちの冬はかなり厳しいですが、ソリやスケートが簡単に楽しめます。寒いのは外だけなのであまり問題ではありません。
食事もおいしいものをどんどん発見しました。特に肉!肉は牛もトンもトリも全部うまい。家庭料理以外のターキーはだめです。果物もうまい!ぶどうはすごいおいしい。あとだんだんと慣れて来て、サブにチップスとダイエットコークの組み合わせがうまいと思うようになってしまいました。結構太りました。これまじやばいです。
それからこっちでできた日本人の友達は同年代が多く、考えてみると日本の大学に赴任してからの交流で同年代って少なかったなぁと思うのです。同年代ネタで盛り上がるのは精神衛生上大変よいということを再認識できました。彼らともお別れ。
仕事や生活がまた一気に変わりますね。ま、日本だからもとに戻るだけですけど、社会復帰までどれくらいかかるでしょうか。どんな風に見方が変わっているのかも楽しみですね。カップヌードルとかコンビニおにぎりとか吉野家とかにいつまで感動できるかもチェックしておこうと思います。
その前に論文と引っ越し準備!適度にがんばろ。
今、慌てて論文書いてますが、終わるかなぁ。とかいっちゃって、まだ図面の整理と作文5ページ(ダブルスペース)。引っ越しとかあるしなぁ。ま、がんばろう。
とかいいつつ、昨日まで4日間こっちのSEMで写真を撮りまくっていました。あんまりいい組織は見つかりませんでしたが、だんだんとSEMの設定が分かって来て、絵のシャープさがどんどん上がっていきました。結構高倍で奇麗な絵が撮れたのでそれは満足しています。いやー勉強になりました。
人間慣れというものはすごいもので、英語ができず外人という不自由な環境でも長期安定してくると別に不満じゃなくなります。むしろ、ノーデューティーで研究に没頭でき、生活でも異文化体験できるすばらしい環境といえるかもしれません。日本に帰れば、当然の責務であるところの大学運営、学生指導といった大人な仕事が待っています。というか、ほんと今の状況が通常あり得ないわけで、常日頃から大変有り難く感じているところです。贅沢言うなということです。
こちらの夏は涼しく奇麗な青空で北海道みたいにすばらしい!高知の蒸し暑い夏を思い出すだけでもうんざり。こっちの冬はかなり厳しいですが、ソリやスケートが簡単に楽しめます。寒いのは外だけなのであまり問題ではありません。
食事もおいしいものをどんどん発見しました。特に肉!肉は牛もトンもトリも全部うまい。家庭料理以外のターキーはだめです。果物もうまい!ぶどうはすごいおいしい。あとだんだんと慣れて来て、サブにチップスとダイエットコークの組み合わせがうまいと思うようになってしまいました。結構太りました。これまじやばいです。
それからこっちでできた日本人の友達は同年代が多く、考えてみると日本の大学に赴任してからの交流で同年代って少なかったなぁと思うのです。同年代ネタで盛り上がるのは精神衛生上大変よいということを再認識できました。彼らともお別れ。
仕事や生活がまた一気に変わりますね。ま、日本だからもとに戻るだけですけど、社会復帰までどれくらいかかるでしょうか。どんな風に見方が変わっているのかも楽しみですね。カップヌードルとかコンビニおにぎりとか吉野家とかにいつまで感動できるかもチェックしておこうと思います。
その前に論文と引っ越し準備!適度にがんばろ。
水曜日, 2月 18, 2009
教会の機能
ここ一年ほど日曜日に教会の礼拝に行っています。といってもキリスト教徒ではありません。1ヶ月に1回くらいの時もあって全然熱心じゃないです、というか信者じゃないのに行っている。
一番の目的は朝一番の勉強会に出ることです。次に娘を教会の保育所で遊ばせること。それから日本人の友達とその娘さんと一緒にお昼を食べること。礼拝は実はぜんぜん意味分かんなくて聞きたくもないのですが、ま、みんなで歌を歌うのはそんなに悪いことじゃないですね、というかちょっと楽しい。
全然洗礼を受ける気にもなりませんし、むしろ絶対キリスト教徒にはならないと思っているほどです。遠藤周作を読みふけって来たのでキリスト教自体には興味はあり、多分抵抗感も少ない方だとは思いますけども。
で、まぁ、教会というものが米国社会の中で日本人が考えるようななんとなく怪しげな宗教のための施設というよりも、より現実的な社会的機能を持っていると感じられました。こういう施設があったら、ほんと参加してもいいじゃないかと思うような側面が強いです。
まずなんといっても、朝の勉強会。朝9時から1時間ほど、勉強会が開かれます。ま、普通教会でやる勉強会というのは聖書の輪読会みたいなもので、もちろんうちが行っている教会もそういう勉強会もやってます。が、僕はそれには出たことがありません。うちはそれとはべつにもう一つ、大人向けの勉強会で、キリスト教の見方についてとか、キリスト教信仰の変遷とか、アウシュビッツの手記とか、ユダヤの歴史とか、そういうより一般的な社会科学的だったり歴史的だったりする本を読むという勉強会もやってまして、それに出てます。これは面白いですね。聖書を読むとかの抵抗感はこの場合全くないです。
参加者はほとんどが老人です。講師?というかレジュメを作って来て勉強会を仕切る人はどうもボランティアでやってるイチ信者のようで、別にプロの研究者ではありません。しかし、この勉強会のために日頃から熱心に勉強していることが分かります。参加している人たちも単に興味を共有しているイチ信者たちです。みんな活発に発言します。なんで米国人はこんなに議論がうまいのでしょうか?話の流れもスムーズで、中身も濃い。日本じゃなかなかこんなに建設的にならないんじゃないでしょうか?ときどき発言をするも、日本じゃこうだったとかすごい偏った話をどうしてもしてしまうのですが、みなさんちゃんと拾ってくれて助かります。
参加者は老人で話は比較的ゆっくり。若者のような変な単語は出てこず、日本で習ったような英語をしゃべってくれるので、普段より英語がよくわかります。
言いたいことは教会はまず第一に地域社会のコミュニケーションの場になっているということですね。老人、子供がメインですが、壮年の大人が安心して任せられる場ですね。そして、勉強会のしきり屋さんとか、聖歌隊とか、寄付を集める人とか、ハンドベル隊とか、子供のミュージックティーチャーとか、いろいろ役割が分担されて、社会参加している実感が得られます。僕はただのVisitingなので全部提供を受ける立場で、そういう役割とかは与えられませんが。ときどき小額の寄付をします。
また、一家の大黒柱が亡くなると教会をあげてその家族をサポートする機能なんかもあったりします。これは信仰うんぬん以前に現実的な問題へのまったくもってセーフティーネットとして機能します。
子供の保育所もボランティアで行われています。子供への説教もまキリスト教に則ってるんですが、キリストの教えを守りましょうなんてのも、みんなを許してあげようね!みんな仲良くね!という道徳的教育的な側面が強く出てまして、普通にいいです。別にキリスト教である必要はないんじゃないかと思います。
んでもって、みんなで握手して挨拶するとか、みんなで歌うとか、みんなで朝の報告会とか、そういう時間を共有すると。みんな仲良くなんてそんなのうそくさいですが、それを努力することでコミュニティーの力が強くなることを知っているというか、みんな大人だなぁとつくづく思います。
ほんとキリスト教というものは米国の教会においてはほんと方便に過ぎなくて社会的な機能として現実的によく作用している、それが国とか政治とかから与えられているのではなくて、地域の住民が主体的に行っている。
日本だとどうでしょうか?例えばプロ市民みたいな人が行政に申請してNPOを立ち上げるとかですか?ほんとそういうのに全く興味なかったのですが、米国で教会の人々を見て、僕も日本でそういうのに参加して地域社会にちょっとでも役立ちたいかもなぁと思いました。寄付でもいいし。
一番の目的は朝一番の勉強会に出ることです。次に娘を教会の保育所で遊ばせること。それから日本人の友達とその娘さんと一緒にお昼を食べること。礼拝は実はぜんぜん意味分かんなくて聞きたくもないのですが、ま、みんなで歌を歌うのはそんなに悪いことじゃないですね、というかちょっと楽しい。
全然洗礼を受ける気にもなりませんし、むしろ絶対キリスト教徒にはならないと思っているほどです。遠藤周作を読みふけって来たのでキリスト教自体には興味はあり、多分抵抗感も少ない方だとは思いますけども。
で、まぁ、教会というものが米国社会の中で日本人が考えるようななんとなく怪しげな宗教のための施設というよりも、より現実的な社会的機能を持っていると感じられました。こういう施設があったら、ほんと参加してもいいじゃないかと思うような側面が強いです。
まずなんといっても、朝の勉強会。朝9時から1時間ほど、勉強会が開かれます。ま、普通教会でやる勉強会というのは聖書の輪読会みたいなもので、もちろんうちが行っている教会もそういう勉強会もやってます。が、僕はそれには出たことがありません。うちはそれとはべつにもう一つ、大人向けの勉強会で、キリスト教の見方についてとか、キリスト教信仰の変遷とか、アウシュビッツの手記とか、ユダヤの歴史とか、そういうより一般的な社会科学的だったり歴史的だったりする本を読むという勉強会もやってまして、それに出てます。これは面白いですね。聖書を読むとかの抵抗感はこの場合全くないです。
参加者はほとんどが老人です。講師?というかレジュメを作って来て勉強会を仕切る人はどうもボランティアでやってるイチ信者のようで、別にプロの研究者ではありません。しかし、この勉強会のために日頃から熱心に勉強していることが分かります。参加している人たちも単に興味を共有しているイチ信者たちです。みんな活発に発言します。なんで米国人はこんなに議論がうまいのでしょうか?話の流れもスムーズで、中身も濃い。日本じゃなかなかこんなに建設的にならないんじゃないでしょうか?ときどき発言をするも、日本じゃこうだったとかすごい偏った話をどうしてもしてしまうのですが、みなさんちゃんと拾ってくれて助かります。
参加者は老人で話は比較的ゆっくり。若者のような変な単語は出てこず、日本で習ったような英語をしゃべってくれるので、普段より英語がよくわかります。
言いたいことは教会はまず第一に地域社会のコミュニケーションの場になっているということですね。老人、子供がメインですが、壮年の大人が安心して任せられる場ですね。そして、勉強会のしきり屋さんとか、聖歌隊とか、寄付を集める人とか、ハンドベル隊とか、子供のミュージックティーチャーとか、いろいろ役割が分担されて、社会参加している実感が得られます。僕はただのVisitingなので全部提供を受ける立場で、そういう役割とかは与えられませんが。ときどき小額の寄付をします。
また、一家の大黒柱が亡くなると教会をあげてその家族をサポートする機能なんかもあったりします。これは信仰うんぬん以前に現実的な問題へのまったくもってセーフティーネットとして機能します。
子供の保育所もボランティアで行われています。子供への説教もまキリスト教に則ってるんですが、キリストの教えを守りましょうなんてのも、みんなを許してあげようね!みんな仲良くね!という道徳的教育的な側面が強く出てまして、普通にいいです。別にキリスト教である必要はないんじゃないかと思います。
んでもって、みんなで握手して挨拶するとか、みんなで歌うとか、みんなで朝の報告会とか、そういう時間を共有すると。みんな仲良くなんてそんなのうそくさいですが、それを努力することでコミュニティーの力が強くなることを知っているというか、みんな大人だなぁとつくづく思います。
ほんとキリスト教というものは米国の教会においてはほんと方便に過ぎなくて社会的な機能として現実的によく作用している、それが国とか政治とかから与えられているのではなくて、地域の住民が主体的に行っている。
日本だとどうでしょうか?例えばプロ市民みたいな人が行政に申請してNPOを立ち上げるとかですか?ほんとそういうのに全く興味なかったのですが、米国で教会の人々を見て、僕も日本でそういうのに参加して地域社会にちょっとでも役立ちたいかもなぁと思いました。寄付でもいいし。
金曜日, 2月 13, 2009
文化の違い?その2:大学院
ずいぶん前から間があきましたが、文化の違いその2です。今回は大学院の話です。
ま、よく知られていることだと思いますが、こちらの大学院は理系ですとほぼ9割以上の学生が授業料免除のようです。いろいろなチャンスがあると思いますが、僕の知っているところでは、指導教員が研究費から肩代わりで払ってくれる。あるいは企業や個人が大学に寄付する奨学制度とか、でしょうか?
さらに給料をもらっている学生が大多数!これがすごい。一番大変なのがおそらくTAで授業を持つことだと思います。結構準備が大変だし、質問に来る学部学生の相手などで時間が取られます。あとはやっぱり指導教員の研究費から研究活動への給与として払われる。僕があった学生はほぼ全員が給料取りです。一旦社会に出て出戻ってくるなんて当たり前。嫁子供連れで学生をやっている人も多数。そのまんま、研究作業は仕事です。
であるので、こちらの学生は日本の学生に比べるとかなり大人な感じがします。僕より大人な感じもします。しっかり生活基盤を自ら立てているという自信と自負があります。
といってもやはり若者なので遊びもするし、怠けもする。ですが、あんまり怠けて成果が出ないと、さすがに指導教員も援助を継続する名目が立てられなくなります。で途中で切られたりすることもあります。そうすると、一旦社会に戻ってお金を貯めに数年出ていくとか、関連する他の先生の研究プロジェクトに混ぜてもらえないか就職活動したりします。一生ものでもないので日本のような悲壮感はなく、しかも意外と結構簡単に見つかるみたいです。この意外と食いつなげるところがポイント。見極めが難しいです。
こういうのが博士を取った後もポスドクとして続いていきます。トレーニング段階から一人前になるまでのプロセスで、給料が出続ける、しかもある程度市場は安定している。国内だけでなく海外からも多数。すごいですね。アメリカはお金くれて学位を狙えるから日本を出て来ました、という人もちらほらいます。
教員の方も優秀な学生、ポスドクを取るために研究費を取り続けなければならないです。優秀な学生やポスドクがくれば業績も上がって、また研究費が取りやすくなるという、ポジティブスパイラルに持っていくのが目標です。競争社会ですねー。ときどきそういうのに疲れるみたいです。競争ばっかりはやっぱりだれでも疲れますね。
翻って我が日本を見返してみたときに、優秀だろうが無能だろうがお金を出して研究労働をさせてもらっているという形になります。特に博士課程後期に至っては指導された記憶もないという人、多数。学振の合格率はDCで2割くらいですか?それも大学に大きな偏りが・・・。残りの8割との差がでかすぎる!で学位を取っても研究職ポジションは非常に限られている。ほんと日本の場合博士になるメリットは非常に少ないと言わざるを得ませんね。リスクの方が高い。
アカデミアの考え方が根本から違いますね。
純粋に人はいくつになっても学びたいと思い続ける動物です。そういうことがより広く提供できる環境に持っていくべきだと思います。大学の社会人解放、博士価値の理解(による就職機会の増加)、学費負担の軽減、などなど教育とか学問のチャンスが広がると、最大公約数の幸せ度がより大きくなるのではないかなぁと思います。という方向では米国のほうがよく理解していてシステムもよくできていると思います。日本だってちゃんとそういう方向の活動をしていますが、米国と比べるとまだまだだなぁと思います。なんてたって教育関係経費がGDPの割合で日本はめちゃくちゃ少ない。よくやってるなぁと思います。
ま、よく知られていることだと思いますが、こちらの大学院は理系ですとほぼ9割以上の学生が授業料免除のようです。いろいろなチャンスがあると思いますが、僕の知っているところでは、指導教員が研究費から肩代わりで払ってくれる。あるいは企業や個人が大学に寄付する奨学制度とか、でしょうか?
さらに給料をもらっている学生が大多数!これがすごい。一番大変なのがおそらくTAで授業を持つことだと思います。結構準備が大変だし、質問に来る学部学生の相手などで時間が取られます。あとはやっぱり指導教員の研究費から研究活動への給与として払われる。僕があった学生はほぼ全員が給料取りです。一旦社会に出て出戻ってくるなんて当たり前。嫁子供連れで学生をやっている人も多数。そのまんま、研究作業は仕事です。
であるので、こちらの学生は日本の学生に比べるとかなり大人な感じがします。僕より大人な感じもします。しっかり生活基盤を自ら立てているという自信と自負があります。
といってもやはり若者なので遊びもするし、怠けもする。ですが、あんまり怠けて成果が出ないと、さすがに指導教員も援助を継続する名目が立てられなくなります。で途中で切られたりすることもあります。そうすると、一旦社会に戻ってお金を貯めに数年出ていくとか、関連する他の先生の研究プロジェクトに混ぜてもらえないか就職活動したりします。一生ものでもないので日本のような悲壮感はなく、しかも意外と結構簡単に見つかるみたいです。この意外と食いつなげるところがポイント。見極めが難しいです。
こういうのが博士を取った後もポスドクとして続いていきます。トレーニング段階から一人前になるまでのプロセスで、給料が出続ける、しかもある程度市場は安定している。国内だけでなく海外からも多数。すごいですね。アメリカはお金くれて学位を狙えるから日本を出て来ました、という人もちらほらいます。
教員の方も優秀な学生、ポスドクを取るために研究費を取り続けなければならないです。優秀な学生やポスドクがくれば業績も上がって、また研究費が取りやすくなるという、ポジティブスパイラルに持っていくのが目標です。競争社会ですねー。ときどきそういうのに疲れるみたいです。競争ばっかりはやっぱりだれでも疲れますね。
翻って我が日本を見返してみたときに、優秀だろうが無能だろうがお金を出して研究労働をさせてもらっているという形になります。特に博士課程後期に至っては指導された記憶もないという人、多数。学振の合格率はDCで2割くらいですか?それも大学に大きな偏りが・・・。残りの8割との差がでかすぎる!で学位を取っても研究職ポジションは非常に限られている。ほんと日本の場合博士になるメリットは非常に少ないと言わざるを得ませんね。リスクの方が高い。
アカデミアの考え方が根本から違いますね。
純粋に人はいくつになっても学びたいと思い続ける動物です。そういうことがより広く提供できる環境に持っていくべきだと思います。大学の社会人解放、博士価値の理解(による就職機会の増加)、学費負担の軽減、などなど教育とか学問のチャンスが広がると、最大公約数の幸せ度がより大きくなるのではないかなぁと思います。という方向では米国のほうがよく理解していてシステムもよくできていると思います。日本だってちゃんとそういう方向の活動をしていますが、米国と比べるとまだまだだなぁと思います。なんてたって教育関係経費がGDPの割合で日本はめちゃくちゃ少ない。よくやってるなぁと思います。
火曜日, 2月 10, 2009
アパートメントのネット環境修理
土曜日、ずーっと気になっていた家のインターネット環境の不調が我慢できるレベルを超えたので、朝から試しにAT&Tに電話してみました。するとちゃんとやってましたが、なんかメキシカンかインド人かノンネイティブのオペレーターでした。もしかして今流行の海外オペレーターかもしれません。
しかし話はスムーズで、1時間以内にテック(技術者)から電話させるといいます。
うーん、ほんとは娘のサッカーがあるところだったんだけども、嫁が連れて行くことにして僕はひとり留守番、電話待ち。
1時間半後に電話がなりました。また同じことを説明すると、明日の夜8時までに技術者がアパートメントに行ってラインをチェックするということになりました。別に部屋で待機する必要はない、周囲のラインをチェックするだけだからみたいな話でしたが、次の日の日曜日はオフィスもしまってるし、アパートの保守のおっちゃんたちもいないので多分ムリじゃないかと思ってました。日曜日はミルウォーキーに行く予定があったので、もうほぼ無視の感覚でした。
で、嫁と娘がサッカーから帰ってきてすぐ買い物に出かけて、2時ごろ帰宅。すると電話がなりました。
なんともう作業のおっちゃんが来ました。確かに日曜日の夜8時より早いけど早すぎる。アメリカらしくない。
またそのおっちゃんが陽気な人で、延々喋りまくっているんだけどスラングのオンパレードでさっぱりわからない。スラングだってことはわかります。
どうも問題は分かって、古いアパートメントのどっかで電話線の劣化が見られるっていうことみたい。ひとまずおっちゃん一人ですったもんだするもよく分からず、一旦外の車に戻っていきました。ここまで一時間くらい。
で次戻ってきたときはもう一人助っ人と二人でやってきて、今度は二人で喋りまくり。ちょっと地下見てくる。地下はオッケーだった。中継ボックス見てくる。うーん、わるくないな。ということで、目の前の部屋のコネクターを交換したら直りました。問題はすぐそこにあったみたいでした。ここまでくるのにまた1時間、計2時間くらい作業してくれました。
「これは経費の範囲内だから、タダだよ、じゃ。」
と言い残して去っていきまして、こっちも
「さんきゅーさんきゅー」
を連呼して見送りましたが、あとで考えたら、あ、チップとか渡すべきだったのではなかろうかと、嫁が指摘してきました。確かに・・・。すっかり忘れてた。
しかし話はスムーズで、1時間以内にテック(技術者)から電話させるといいます。
うーん、ほんとは娘のサッカーがあるところだったんだけども、嫁が連れて行くことにして僕はひとり留守番、電話待ち。
1時間半後に電話がなりました。また同じことを説明すると、明日の夜8時までに技術者がアパートメントに行ってラインをチェックするということになりました。別に部屋で待機する必要はない、周囲のラインをチェックするだけだからみたいな話でしたが、次の日の日曜日はオフィスもしまってるし、アパートの保守のおっちゃんたちもいないので多分ムリじゃないかと思ってました。日曜日はミルウォーキーに行く予定があったので、もうほぼ無視の感覚でした。
で、嫁と娘がサッカーから帰ってきてすぐ買い物に出かけて、2時ごろ帰宅。すると電話がなりました。
なんともう作業のおっちゃんが来ました。確かに日曜日の夜8時より早いけど早すぎる。アメリカらしくない。
またそのおっちゃんが陽気な人で、延々喋りまくっているんだけどスラングのオンパレードでさっぱりわからない。スラングだってことはわかります。
どうも問題は分かって、古いアパートメントのどっかで電話線の劣化が見られるっていうことみたい。ひとまずおっちゃん一人ですったもんだするもよく分からず、一旦外の車に戻っていきました。ここまで一時間くらい。
で次戻ってきたときはもう一人助っ人と二人でやってきて、今度は二人で喋りまくり。ちょっと地下見てくる。地下はオッケーだった。中継ボックス見てくる。うーん、わるくないな。ということで、目の前の部屋のコネクターを交換したら直りました。問題はすぐそこにあったみたいでした。ここまでくるのにまた1時間、計2時間くらい作業してくれました。
「これは経費の範囲内だから、タダだよ、じゃ。」
と言い残して去っていきまして、こっちも
「さんきゅーさんきゅー」
を連呼して見送りましたが、あとで考えたら、あ、チップとか渡すべきだったのではなかろうかと、嫁が指摘してきました。確かに・・・。すっかり忘れてた。
木曜日, 2月 05, 2009
ミズーリ訪問から帰ってきました
昨晩ミズーリ大学訪問から無事我が家に帰り着きました。
たまたま僕がミズーリにいたときだけすごい寒波がやってきて、お前が北から寒さを持って来たなー!と定番ネタを言われました。ほんと今日は向うはかなりあったかくなったみたいです。
組織観察用のサンプルを使ってEnvironmental SEMというちょっと特殊な電子顕微鏡がどんなものかというのを見に行きました。サンプル処理することなくすぐ観察できるのがいいですね。
3日作業予定で初日は様子見、二日目にちょっと進めようと思っていたところなんとワーキングディスタンスの表示がおかしくなっていてサンプルが検出器に激突。もう終わったと思っていたところ、なんと3日目の朝にちゃんと治っていて、最後の最後でちょろっと面白い観察ができました。
他の大学をちょっと知ることができたのもなかなかよい経験でした。
多くの方々にお世話になりました。いやー、よかったよかった。
ミズーリ大学はコロンビアという大学街にあり、調べてみるとリージョナルエアポートがある。我が街と同じような感覚で、当然その空港を使うものだろうと、Orbitzで調べてみると、我が街からコロンビアまで行くにはメンフィス経由が安いことが分かりました。あまり深く考えず則購入。350ドルくらいだったかな?
そしたらほとんどの人はそんな空港を使わないとあとから知りました。普通はセントルイスからバスだそうです。知らなかった・・・。地図で調べてみると我が街からコロンビアを飛び越えて同じくらいの距離飛んでメンフィスへ、メンフィスから飛び越えた分を戻る、というような無駄のある経路でした。帰りももちろんその逆ルート・・・。ま、メンフィスなんてほぼ人生で行くことはないでしょうから、話のネタにいいかなってポジティブに捉えようかと・・・、と思ったけど、セントルイスもまた二度と行かないような街だなぁ、とも思いますね・・・。
たまたま僕がミズーリにいたときだけすごい寒波がやってきて、お前が北から寒さを持って来たなー!と定番ネタを言われました。ほんと今日は向うはかなりあったかくなったみたいです。
組織観察用のサンプルを使ってEnvironmental SEMというちょっと特殊な電子顕微鏡がどんなものかというのを見に行きました。サンプル処理することなくすぐ観察できるのがいいですね。
3日作業予定で初日は様子見、二日目にちょっと進めようと思っていたところなんとワーキングディスタンスの表示がおかしくなっていてサンプルが検出器に激突。もう終わったと思っていたところ、なんと3日目の朝にちゃんと治っていて、最後の最後でちょろっと面白い観察ができました。
他の大学をちょっと知ることができたのもなかなかよい経験でした。
多くの方々にお世話になりました。いやー、よかったよかった。
ミズーリ大学はコロンビアという大学街にあり、調べてみるとリージョナルエアポートがある。我が街と同じような感覚で、当然その空港を使うものだろうと、Orbitzで調べてみると、我が街からコロンビアまで行くにはメンフィス経由が安いことが分かりました。あまり深く考えず則購入。350ドルくらいだったかな?
そしたらほとんどの人はそんな空港を使わないとあとから知りました。普通はセントルイスからバスだそうです。知らなかった・・・。地図で調べてみると我が街からコロンビアを飛び越えて同じくらいの距離飛んでメンフィスへ、メンフィスから飛び越えた分を戻る、というような無駄のある経路でした。帰りももちろんその逆ルート・・・。ま、メンフィスなんてほぼ人生で行くことはないでしょうから、話のネタにいいかなってポジティブに捉えようかと・・・、と思ったけど、セントルイスもまた二度と行かないような街だなぁ、とも思いますね・・・。
日曜日, 2月 01, 2009
明日ミズーリ大学にお邪魔
明日ミズーリ大学にお邪魔します。前々からちょろちょろ言っていた話です。
明日は日曜日で単に前日入りするというだけなのですが、なんとアメリカンフットボールの最高峰スーパーボウルの日とかぶっており、家族のしがらみから離れてスポーツバーで観戦することができそうです。
サンプル準備やマシンタイムの予約など、いろいろ細かい準備の手配をすっかりやってもらっており、ほんと忙しいところにお邪魔して申し訳ない気持ちです。
しかも、どうも先方の研究室に日本人の方がいらっしゃったらしく(つい先日、先方の先生からメールをいただくまでまったく知りませんでした。)、これまた大変お世話になる予定です。
12月の学会で先方の先生と話したときは、一緒にやろうといっていたことはじつはまだあんまり進んでなくて、ほかのことも忙しいんだよなぁみたいなことを言っていたのですが、とりあえず行って見るだけでもいい経験なので、何はともあれお邪魔したいです、みたいなことを言って、それで訪問にこぎつけたので、ほんと見学がてらちょろちょろっとというつもりでした。ところが、どうもこの一ヶ月でサンプル処理法の試行錯誤などもやってくれたみたいで、なんか僕の受け入れ態勢は万全みたいです。いやま、行ってみないとわかりませんけども。なんか思ったより成果が出そうです。
自分の大学での成果もまま発展して、少しこの訪問先でのデータの重要度が上がってきたところです。思っていた以上に楽しみになってきました。
とりあえず明日はスーパーボウルを見よう!
明日は日曜日で単に前日入りするというだけなのですが、なんとアメリカンフットボールの最高峰スーパーボウルの日とかぶっており、家族のしがらみから離れてスポーツバーで観戦することができそうです。
サンプル準備やマシンタイムの予約など、いろいろ細かい準備の手配をすっかりやってもらっており、ほんと忙しいところにお邪魔して申し訳ない気持ちです。
しかも、どうも先方の研究室に日本人の方がいらっしゃったらしく(つい先日、先方の先生からメールをいただくまでまったく知りませんでした。)、これまた大変お世話になる予定です。
12月の学会で先方の先生と話したときは、一緒にやろうといっていたことはじつはまだあんまり進んでなくて、ほかのことも忙しいんだよなぁみたいなことを言っていたのですが、とりあえず行って見るだけでもいい経験なので、何はともあれお邪魔したいです、みたいなことを言って、それで訪問にこぎつけたので、ほんと見学がてらちょろちょろっとというつもりでした。ところが、どうもこの一ヶ月でサンプル処理法の試行錯誤などもやってくれたみたいで、なんか僕の受け入れ態勢は万全みたいです。いやま、行ってみないとわかりませんけども。なんか思ったより成果が出そうです。
自分の大学での成果もまま発展して、少しこの訪問先でのデータの重要度が上がってきたところです。思っていた以上に楽しみになってきました。
とりあえず明日はスーパーボウルを見よう!
月曜日, 1月 26, 2009
悩んだときはこう思う
今、夜1時半。
一人でウィスキーを飲んでネットジャンキー状態です。
最近ははてなブックマークの人気記事にはまってます。
娘の寝かし付けでだいたい8時ごろに親子3人川の字になって横になるのですが、どうも自分も寝てしまいます。今日に至っては一旦9時半に起きるも夜寝の二度寝をしてしまい、すっきりした気持ちで夜11時に起きてしまいました。別に悩みがあるわけではありません。
毎年娘の1年を年度末にDVDにまとめている親ばかですが、そろそろ今年のを始めようかと思っていた矢先、昨年の動画を見直してみました。なんかはたから見るとすごい米国生活をエンジョイしているように見えます。おかしいなぁー、あのころはいろいろ文化の違いや仕事の転換期のあせりで精神的ダメージが大きかったはずだったのですが、動画ではえらく元気そうに見えます。
よくよく考えてみると、歳を取っても悩みはなくならないけど、悩みへの対処法が結構うまくなるということだろうなと思われます。ま、昔からはっしーはえらく前向きで悩みなどないのではないかと思われがちなキャラクターですので、不感症なところはあったと思われますがそれでも悩むときは悩みますね。しかし、そういう時、別になんというか、前向きに悩んでました。
若いころ:遠藤周作の引用で、暗闇の黒い深い淵を見つめるのだ、みたいな、そういう自分の不気味な無意識をとことん見つめる行為のように感じて、ある意味悩むことはかっこいいとすら思っていたときがありました。
もう少し歳を取る:悩むのは当たり前だー!酒飲んで人と話してればなんとかなるべ。
最近:悩むのは堕落を止めるいい薬だ。むしろ正常。坂口安吾の堕落論。落ちれるもんならとことんまで落ちてみろ!自虐にさいなまされて落ち切れないから、安心しろ。これは怠け心を正当化する論理でもあります。
もともと坂口安吾のいうこの「堕落」とは戦中の日本人然とした精神からの堕落と言われていて、戦後の生き残りが幸せを謳歌することを嘆いたものだという解釈があります。いわゆる戦後の逆言論統制社会では危険思想になりかねないためぼやかしてそうとわからないようにしているのではないかといううがった見方。そうだとして、そんな崇高な思想を怠け心に焦るおじさんの言い訳に使っていいものか、とも思います。
えーっとあれ、結局昔からあんまり気にしてないってことかな。というか歳をとればとるほど、悩みって大事じゃないかと、悩まなければならないとすら思うな。それは悩みというのか?酔っ払ってますので!でわでわ。
一人でウィスキーを飲んでネットジャンキー状態です。
最近ははてなブックマークの人気記事にはまってます。
娘の寝かし付けでだいたい8時ごろに親子3人川の字になって横になるのですが、どうも自分も寝てしまいます。今日に至っては一旦9時半に起きるも夜寝の二度寝をしてしまい、すっきりした気持ちで夜11時に起きてしまいました。別に悩みがあるわけではありません。
毎年娘の1年を年度末にDVDにまとめている親ばかですが、そろそろ今年のを始めようかと思っていた矢先、昨年の動画を見直してみました。なんかはたから見るとすごい米国生活をエンジョイしているように見えます。おかしいなぁー、あのころはいろいろ文化の違いや仕事の転換期のあせりで精神的ダメージが大きかったはずだったのですが、動画ではえらく元気そうに見えます。
よくよく考えてみると、歳を取っても悩みはなくならないけど、悩みへの対処法が結構うまくなるということだろうなと思われます。ま、昔からはっしーはえらく前向きで悩みなどないのではないかと思われがちなキャラクターですので、不感症なところはあったと思われますがそれでも悩むときは悩みますね。しかし、そういう時、別になんというか、前向きに悩んでました。
若いころ:遠藤周作の引用で、暗闇の黒い深い淵を見つめるのだ、みたいな、そういう自分の不気味な無意識をとことん見つめる行為のように感じて、ある意味悩むことはかっこいいとすら思っていたときがありました。
もう少し歳を取る:悩むのは当たり前だー!酒飲んで人と話してればなんとかなるべ。
最近:悩むのは堕落を止めるいい薬だ。むしろ正常。坂口安吾の堕落論。落ちれるもんならとことんまで落ちてみろ!自虐にさいなまされて落ち切れないから、安心しろ。これは怠け心を正当化する論理でもあります。
もともと坂口安吾のいうこの「堕落」とは戦中の日本人然とした精神からの堕落と言われていて、戦後の生き残りが幸せを謳歌することを嘆いたものだという解釈があります。いわゆる戦後の逆言論統制社会では危険思想になりかねないためぼやかしてそうとわからないようにしているのではないかといううがった見方。そうだとして、そんな崇高な思想を怠け心に焦るおじさんの言い訳に使っていいものか、とも思います。
えーっとあれ、結局昔からあんまり気にしてないってことかな。というか歳をとればとるほど、悩みって大事じゃないかと、悩まなければならないとすら思うな。それは悩みというのか?酔っ払ってますので!でわでわ。
水曜日, 1月 21, 2009
大統領就任式
昨日はワシントンはすごい人でしたね。国旗がぱたぱたぱた、すごい数でした。自然と国を愛し誇りに思い、迷いなく国旗を振るのはすばらしいですね。
我がデパートメントでは映画観のようなスクリーンのあるVisual labというのがありまして、そこでオバマの就任演説を上映するというメールが来ました。セントラル時間で11AM。僕もみんなとまざって演説を聞きました。
科学政策を再編するというところで拍手がわき起こりました。いわゆるグリーン・ニューディール的なエネルギー技術への未来投資という意味だと思われますので、レガシーエネルギーに関わりの強い地球科学系ではむしろマイナス要素かもしれません。もっと広く教育政策という意味では、大学の存在価値が高められる方向にあり、プラス要素と言えるでしょう。
本当にアメリカ政府もアメリカ国民の実体経済も危機的な状況にあり、ここ数年はかなりの苦痛を強いられることを覚悟せよ、と言っています。しかし、私たちはこれに立ち向かえるんだ!アメリカ再生のチャンスだ。未来の子供たちに、我々は耐え抜いた、そして君たちにバトンを渡すと、誇りを持って言えるようにしよう、と。モノは言いようだとはこのことですね。悲観することに意味などないか。日本もアメリカも実際には同じように成功して同じようにいっぱい失敗もするんでしょうが、基本スタンスが違うとこうも印象が違うものなのかと思います。とはいえ、日本もアメリカも結果的にどっちもすごい国であることは忘れてはなりません。
もうひとつ大きなことは、やはり黒人大統領であるということですね。夕べのテレビは黒人奴隷の歴史が多く取り扱われていました。黒人たちにとっては、ものすごい大きな変化であると思います。なんとなくですが、テレビのレポーターの黒人が、まだ身に慣れていない誇りを手にした高揚感のような、なにか自信を身につけたように、ちょっとぎこちなくしかし喜びに溢れて、堂々と白人にインタビューをしているような雰囲気を感じました。白人の方も、これまでは別に気にしないよという一歩離れたウワベ非差別主義者ようなスタンスから、本当に黒人をちゃんと見直そうという積極的な平等主義者に変わるようなムーブメントが自然とできつつあるように思われました。本当に黒人の地位は向上するのではないかと感じました。まさに黒人大統領はこういう側面で象徴的といえるでしょう。
夜のレセプションでオバマ夫妻のダンスに合わせて歌を歌ったビヨンセはインタビューでコメントしながら泣きそうになり、
「あーごめんなさい、あーごめんなさい、恥ずかしいわ、でも本当に私はただラッキーで、こんな風に歴史の一ページに参加できて誇らしいです。」と言う頃にはもっと泣いてました。
一方日本では畏れ多い国会の場で石井議員が麻生首相に漢字のテストを行っていると、オバマ就任挨拶のすばらしさとのコントラストで紹介されたりしていますが、そういうことは米国でもあるので、そうやって自分を卑下する方向に比較するのじゃなくて、もっと日本のポジティブな面も見て、それで比較すればいいのではないかと思います。例えば米国政府に資金援助の陳情に行くのにビッグ3の社長どもは自家用ジェットで乗り付けて、議会からその飛行機を今すぐ売れと文句言われたとか。日本航空の社長の質素さに米国言論が賞賛しているとか。
追記:今後の困難に立ち向かうに際して、米国民の特性を表現するのに開拓時代の先祖になぞらえて、彼らの辛酸の上に今の私たちの反映があり、今後の困難に対して我々が努力して、同じように子供たちに分け与えようという論調だったようですけども、これは詭弁だよ。今の状況はあった物が失われた自業自得であって、もともと何もなかった西部時代とは違うよ。
我がデパートメントでは映画観のようなスクリーンのあるVisual labというのがありまして、そこでオバマの就任演説を上映するというメールが来ました。セントラル時間で11AM。僕もみんなとまざって演説を聞きました。
科学政策を再編するというところで拍手がわき起こりました。いわゆるグリーン・ニューディール的なエネルギー技術への未来投資という意味だと思われますので、レガシーエネルギーに関わりの強い地球科学系ではむしろマイナス要素かもしれません。もっと広く教育政策という意味では、大学の存在価値が高められる方向にあり、プラス要素と言えるでしょう。
本当にアメリカ政府もアメリカ国民の実体経済も危機的な状況にあり、ここ数年はかなりの苦痛を強いられることを覚悟せよ、と言っています。しかし、私たちはこれに立ち向かえるんだ!アメリカ再生のチャンスだ。未来の子供たちに、我々は耐え抜いた、そして君たちにバトンを渡すと、誇りを持って言えるようにしよう、と。モノは言いようだとはこのことですね。悲観することに意味などないか。日本もアメリカも実際には同じように成功して同じようにいっぱい失敗もするんでしょうが、基本スタンスが違うとこうも印象が違うものなのかと思います。とはいえ、日本もアメリカも結果的にどっちもすごい国であることは忘れてはなりません。
もうひとつ大きなことは、やはり黒人大統領であるということですね。夕べのテレビは黒人奴隷の歴史が多く取り扱われていました。黒人たちにとっては、ものすごい大きな変化であると思います。なんとなくですが、テレビのレポーターの黒人が、まだ身に慣れていない誇りを手にした高揚感のような、なにか自信を身につけたように、ちょっとぎこちなくしかし喜びに溢れて、堂々と白人にインタビューをしているような雰囲気を感じました。白人の方も、これまでは別に気にしないよという一歩離れたウワベ非差別主義者ようなスタンスから、本当に黒人をちゃんと見直そうという積極的な平等主義者に変わるようなムーブメントが自然とできつつあるように思われました。本当に黒人の地位は向上するのではないかと感じました。まさに黒人大統領はこういう側面で象徴的といえるでしょう。
夜のレセプションでオバマ夫妻のダンスに合わせて歌を歌ったビヨンセはインタビューでコメントしながら泣きそうになり、
「あーごめんなさい、あーごめんなさい、恥ずかしいわ、でも本当に私はただラッキーで、こんな風に歴史の一ページに参加できて誇らしいです。」と言う頃にはもっと泣いてました。
一方日本では畏れ多い国会の場で石井議員が麻生首相に漢字のテストを行っていると、オバマ就任挨拶のすばらしさとのコントラストで紹介されたりしていますが、そういうことは米国でもあるので、そうやって自分を卑下する方向に比較するのじゃなくて、もっと日本のポジティブな面も見て、それで比較すればいいのではないかと思います。例えば米国政府に資金援助の陳情に行くのにビッグ3の社長どもは自家用ジェットで乗り付けて、議会からその飛行機を今すぐ売れと文句言われたとか。日本航空の社長の質素さに米国言論が賞賛しているとか。
追記:今後の困難に立ち向かうに際して、米国民の特性を表現するのに開拓時代の先祖になぞらえて、彼らの辛酸の上に今の私たちの反映があり、今後の困難に対して我々が努力して、同じように子供たちに分け与えようという論調だったようですけども、これは詭弁だよ。今の状況はあった物が失われた自業自得であって、もともと何もなかった西部時代とは違うよ。
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